「軽度外傷性脳損傷」 豊島 秀郎 会員
1 軽度外傷性脳損傷とは、高次脳機能障害の一形態です。
高次脳機能とは、大脳の一定領域に存在する、人間がより良く生きるための機能であり、自らの精神状態を安定させ、他者との人間関係を良好に保ち、社会生活を円満に営んで行くための機能とも言えます。
脳の部分的損傷のためにこの高次脳機能に障害が出ることを、「高次脳機能障害」と言います。我が国では交通事故によるものが多いのですが、アメリカでは、軍隊従事者にも発症が多く、国民病としてその対策が叫ばれています。
2 高次脳機能障害の症状は様々ですが、一見普通の人のように見えるが、様々な障害から社会で生きて行く能力が欠落している場合もあります。
平成18年に札幌高裁が交通事故の被害者Xの高次脳機能障害を認め、後遺障害等級3級(極めて重い障害で労働能力0の認定です。)を認めた事案は次のような症状です。
Xは、事故後である平成14年度の大学入試センター試験の成績は、レベルのさして高くない大学であれば十分合格できるものでした。
しかしながら、判決は、Xに関し、「控訴人の症状(漢字が思い出せない等の学力低下、人からの説明の理解や人への説明が困難である等のコミュニケーション障害、新しい事が覚えられない等の記憶障害、集中力や持続力が欠如する等の注意障害、自ら判断し計画することができない遂行機能障害、物事に対する意欲の低下、ささいなことで怒り感情が爆発する行動情緒障害、子供っぽくなる退行性、気になることを繰り返す固執性、頭の中に何か入っているような右側頭部から後頭部にかけての頭痛や易疲労感)は、すべて高次脳機能障害の典型的な症状と一致している。……このような障害のため数学の成績が事故前に比べて著明に低下し、希望していた大学医学部への進学も断念せざるを得ない状況である。このような控訴人の症状は、生まれつきの性格や思春期の特有な心理状態として片づけられず、医学的に高次脳機能障害と診断するのが最も的確である。」としました。
要するに、一見すると普通の人に見え、レベルのさして高くない大学であれあば十分受かる知識を持ちながらも、障害のために社会に適応して生きてゆくことができないと判断したのです。
3 高次脳機能障害は、平成10年頃から認知されてきた障害ですが、我が国では、交通事故の後遺障害を認定する一次的機関である損保料率算定会は、高次脳機能障害の認定のために、①現在の症状とともに、②事故後6時間以上の強い意識障害の存在、③慢性期における脳室拡大・脳萎縮の画像所見の存在を要求しています。
しかし、現在、そのような重い脳外傷でなくとも、高次脳機能障害は起こるのでないかと言われています。これが「軽度外傷性脳損傷」といわれるものです。軽度外傷性脳損傷は、少なくとも我が国に数十万人は存在し、救済も受けられず、挙げ句の果てに、理解のない医師から詐病として片づけられている状況があると言われています。
厚生労働省も、被害者の多さから、損保料率算定会に2度にわたり見直しを求め、損保料率算定会も平成23年3月に至り従来の立場を多少変更しました。
裁判所でも、地方裁判所は、今もって、かたくなに軽度外傷性脳損傷という概念を認めていません。
しかし、高等裁判所では、上記の平成18年の札幌高裁、平成21年の大阪高裁、平成22年の東京高裁の3判決が、それぞれ当該地裁判決を覆して、軽度外傷性脳損傷を認めています。上記の札幌高裁の事案も、意識障害はなく、一瞬、目の前が真っ暗になり、むち打ち症状が残ったが、画像所見による脳室拡大等もない事案であり、後で、徐々に高次脳機能障害の症状が出た案件です。
4 このように、従来、捨て置かれていた軽度外傷性脳損傷患者の救済が、今始まったばかりの状況といえます。 以上