大阪弁護士会について ~憲法 9 条を中心に~ 林 裕之 会員
令和元年度、大阪弁護士会の副会長をさせていただきましたので、そのことを話します。
大阪弁護士会は、所属の弁護士は 4700 人を超え、職員は 100 名を超える比較的大規模な弁護士会です。大阪弁護士会には、会長1名、副会長7名があり、1年任期で、毎年選挙で選ばれます。
会長は、あて職で日弁連の副会長になります。1月に選挙が行われますが、大阪弁護士会の中には7つの任意団体(会派)があり、通常は各会派から副会長として1名が推薦されます。僕も一つの会派から推薦され、副会長に当選しました。
任期は4月1日からですが、1月午後5時に当選が確定しましたが、6時には弁護士会事務局からメールが入っていました。就任前からかなり仕事があります。
就任直後、各所への挨拶回りをします。関係構築や弁護士会活動のアピールをトップダウンでできますし、普段会えないような人に会える、普段行けないような場所(貴賓室、報道フロア等)に行けるので刺激的なのですが、数が多くて大変でした。
日常業務ですが、毎日多数の書類を決裁し、毎日100通を超えるメールに目を通し、毎日なにかにつけて会務について議論します。
弁護士自治
基本的人権を擁護し社会正義を実現する役割を担う者には、その役割を全うするために、国家権力から独立した一定の自治権を与えるべきです。そして、弁護士は、過去の諸先輩方のたゆまぬ努力により国民からの信頼を勝ち得た結果、基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命を与えられ、そのために必要な高度な自治権を付託されました。さらに弁護士には法律事務の独占が認められています。
基本的人権を擁護し社会正義を実現するという役割を担うのは、弁護士しかいない。そのために弁護士に自治権を与え、法律事務を独占させなければならない。そう思い続けてもらえるように、国民から信頼される弁護士、弁護士会でなければなりません。弁護士が有用である、社会インフラとして必要である、と国民から評価されることが大切です。
弁護士会は、基本的人権を擁護し社会正義を実現するために、そして、そのような存在として国民の信頼を得るために活動しています。
委員会
弁護士会には、約80の委員会があり、各委員会活動が弁護士会活動の源泉となっています。7人の副会長で担当を分けるのですが、僕は以下の委員会を担当しました。
主担当:公害対策・環境保全委員会、弁護士業務改革委員会、大阪住宅紛争審査会運営委員会、財務委員会、遺言・相続センター運営委員会、消費者保護委員会、憲法問題特別委員会、貧困・生活再建問題対策本部、空き家等対策 PT、分野別登録センター運営委員会、相続財産管理人制度 PT
副担当:弁護士政治連盟大阪支部、総会、常議員会/幹事長会、犯罪被害者支援委員会、情報問題対策委員会、公益通報者支援委員会、行政問題委員会、労働問題特別委員会、家事法制委員会、行政連携センター運営委員会、研修センター運営委員会
具体的な業務をいくつか挙げますと、
財務委員会担当でしたので、予算の総会決議が最初の大きな課題となります。スケジュールは、10連休のおかげでかなりタイトなものとなり、酒も飲まずに深夜まで数字イジりをしていました。
あと、思い出深いのは、憲法9条の意見書です。
憲法 9 条意見書については、2 年以上前から議論がされており、私が役員の時に憲法問題
特別委員会から意見書案が正式に提出されました。私は 5 月 30 日の副会長会に議案上程し、8 回の会議を経て 6 月 24 日の正副会長会で最終案の承認がなさ、7 月 3 日に常議員会で長時間の議論を経て可決承認されました。
7 月 4 日、憲法 9 条意見書を発出しました。奇しくも参議院選挙の公示日です。
同日 15 時から初めての記者レクも行い、1 時間くらい興奮気味にしゃべりました。また、一部の新聞では私の写真(大きめ)付きで扱っていただきました。
憲法 9 条
憲法 9 条については、以下のように様々な意見があります。弁護士間でもさまざまな意見があり、意見の統一は極めて困難でした。
・自衛隊は存続すべきか?存続すべきとして合憲か?
・護憲派、改憲派、護憲的改憲派
・自衛権の行使→非軍事中立、専守防衛・個別的自衛権、存立危機事態のみ集団的自衛権行使、フルスペックの集団的自衛権
憲法改正は、国民投票により国民の意思が直接反映されるものです。ですから、できるだけ多くの国民が憲法改正に関心を持ち、正しく理解したうえで、議論を尽くすことが重要です。そこで、国民がどのような点を検討すべきなのかを説明するという観点で意見書を作成しました。
第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
自由民主党により取りまとめられた憲法9条改正案(2018年(平成30年)3月)
第9条の2 (※第9条全体を維持した上で、その次に追加)
1 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
→憲法9条の規定は「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置」をとることを妨げないとした上で、憲法に自衛隊の存在を書き加えるもの。
これに対し、大阪弁護士会の意見書は以下のとおりです。
1 恒久平和主義
日本国憲法は、アジア・太平洋戦争の惨禍を経て得た「戦争は最大の人権侵害である」との反省に基づき、全世界の国民が平和的生存権を有することを確認し(前文)、武力による威嚇又は武力の行使を禁止し(9条1項)、戦力不保持、交戦権否認(9条2項)という世界に例を見ない徹底した恒久平和主義を基本原理として採用している。自民党9条改正案は、このような恒久平和主義の根幹をなす憲法9条に関連して、「必要な自衛の措置」を認め「自衛隊」を明記するものであるから、これまでの恒久平和主義の下で認められる自衛権行使のあり方、とりわけ自衛権行使の限界(その可否を含む。以下、同じ。)について大きな変更を迫るものとなり得る。そこで、自民党9条改正案による憲法改正については、以下の点について、十分かつ慎重な議論が尽くされなければならない。
① 自民党9条改正案による憲法改正によって、日本国憲法の基本原理である恒久平和主義に何らかの影響があるのか、あるとすればどのような影響か。
② 自民党9条改正案によって認められる自衛権行使のあり方は、日本の平和を維持するために最も適切なものか。例えば個別的自衛権の行使にとどめるべきか、限定のない集団的自衛権の行使まで認めるべきか等、今後、日本の平和を維持するために自衛権行使のあり方としてどのようなものを目指すべきか。
2 立憲主義
近代立憲主義の基本は、個人の人権を守るために憲法により権力を縛る(統制する)というものである。日本国憲法の根本にある立憲主義も、この近代立憲主義の考え方を継承し発展させており、「個人の尊重」と「法の支配」原理を中核として、国会、内閣、裁判所を含むすべての国家権力を統制するものである。
(1)内容面の統制
このような立憲主義を全うするためには、恒久平和主義(前項①、②)について熟議を経た結果、日本の平和を維持するために最も適切と考えられた自衛権行使のあり方、とりわけ自衛権行使の限界について、憲法上明確に定められなければならない。自衛権行使の限界が憲法上明確であれば、自衛隊の組織、規模、保持できる「実力」、行動等にも実効的な立憲的統制が及ぶものであるが、明確でなければ、憲法上の統制を受ける
ことなく自衛権行使の限界(ひいては自衛隊の組織、規模、保持できる「実力」、行動等)の判断が内閣又は国会に委ねられてしまい、日本国憲法の根本にある立憲主義に違背することになる。
ところが、自民党9条改正案は、「必要な自衛の措置」を妨げずと定めるのみであり、認められる自衛権行使が、専守防衛・個別的自衛権の行使にとどまるのか、存立危機事態には一定の限度で集団的自衛権の行使を認めるのか、あるいは限定のない集団的自衛権の行使まで容認するのか等、自衛権行使の限界が文言上明らかではない。よって、自民党9条改正案による憲法改正は、憲法上の統制を受けることなく「必要な自衛の措置」の判断が内閣又は国会に委ねられることになるので、日本国憲法の根本にある立憲主義に違背する疑いが強く、この点について十分かつ慎重な議論を尽くすべきである。
(2)手続面の統制
また、自民党9条改正案は、「必要な自衛の措置」のための「実力組織」として「自衛隊」を憲法に明記し、自衛隊の「行動」について「国会の承認その他の統制」に服する旨を定める。この点、「自衛隊」を憲法に明記すること自体に他の行政機関との関係や強い正統性と権威に基づく権限拡大への危惧といった問題点が指摘されているうえ、立憲的統制をみるに、統制の具体的内容を法律に委ねていることに加えて、「その他の統制」という国会以外の機関による統制も容認していることから、自衛隊の「行動」に対する手続面からの立憲的統制に疑義が生じ,日本国憲法の根本にある立憲主義に違背するおそれがある。
(3)以上のように、自民党9条改正案には日本国憲法の根本にある立憲主義の観点から、内容・手続両面において重大な問題又は課題があることから、自民党9条改正案に基づく憲法改正については、以下の点について、十分かつ慎重な議論を尽くさなければならない。
① 恒久平和主義(前項①、②)について議論を尽くした結果、日本の平和を維持するために最も適切と判断された自衛権行使のあり方について、自民党9条改正案は、国会、内閣、裁判所を含むすべての国家権力を立憲的に統制するに足りる程度に、明確に記載されているか(内容統制)。
② 自民党9条改正案のとおりに自衛隊を憲法に明記した場合、自衛隊の行動に対する手続面からの立憲的統制の仕組みはどのようにあるべきか(手続統制)。
今後皆様が、我が国の国防について考える際の一助になれば幸いです。
以 上