「ロータリーって何だろう!? 最近思うこと 雑談」 川上 大雄 会員
前回の例会にて笹田幹事より卓話は もっと自分の言葉で話そうというご提案がありましたが、私もそのように思う一人です。
今回は少し誤解を生む言動があると思いますが、私の言葉でざっくばらんにロータリーのことを話してみたいと思います。
まず、ロータリーって、実に“ええかげん”やと思うんです。
何が ええかげんかと言うと まず、遅刻、早退しても ごめんねですんでしまうところ、休んでも別にいいかみたいな、約束事として救済処置としてメーキャップがあるわけですが、それもしなくても誰も咎めはしない。(これは厳格なクラブではありえないと思いますが)
一番ええかげんなのは単年度制ということで、その年が終われば 無罪放免みたいな感じで終わってしまう。等々 ええかげんなところを上げれば切りがないんですが。
しかし、このええかげんさを 非難だけするのではなく、もうちょとポジティブにとるとするならば、このええかげんさがいいんです。
何を言いたいかというと ロータリーの中ではほとんどのことが許されるということです。
このことは他の組織では類を見ない逆にええところではないのかと最近思います。
だから、このような卓話をさせていただいているわけですが、卓話を喜んでしている人って少ないっていうか、嫌がってる人が大半だと思うんですが、卓話にしても言いたいこと言えばいいんです。
皆さんはご自分の会社では社員に向かっていつも何か話されていると思います。それの練習の場と思えばいいんです。
何か間違っても誰も非難も抗議もしません。
皆さん大らかなんです。それがロータリーの良さなんです。
しかし、ロータリアンとしてはずしてはならないことが一つあると思います。
それは何かと言うと 我々は社会に対して奉仕をしているということです。
そんなこと言われんでもわかってるわと皆さん思っておられますが、得てして誤解と認識不足があると思います。
奉仕とは何か!? 先日も考えさせられる話がありました。
家で不要になったもの(服とか毛布とか)を被災地に送る。このことだけを聞くと困ってんだから ちょっとでも役に立つんだからいいじゃないみたいな話なんでが、実際、現地でほんとうに必要なものが何かってわかってない。必要なものが必要な人に手渡されるのであれば大いに結構です。
しかし、必要でないものがどっと送られてきたらゴミでしかないのです。
支援物資を送る先はごみ箱じゃないんですね。
また、アフリカなどで 井戸を掘るというボランティアがありますが、井戸を掘って、現地の貧しい人々が安全な水を飲めるようになってよかったよかったではないのです。
この井戸が完成してボランティアの人たちが帰ったあと、皆さんは何が起こっているかご存知でしょうか!?
ボランティアの人たちが帰ったあと、この井戸をめぐって部族間どうしの占有権を争う死者が出るような血みどろの抗争が始まるのです。
こんなことを知ると 奉仕だか何だかやっていることがいいことだか悪いことだかわからなくなります。
私たちロータリアンがはずせない一線、これは我々ロータリアンがやっていることが本当に人のためになっているのかどうか、そこの追求を怠ってはならないということです。
この一点を真剣にブレずに議論し、追求していく仲間であれば 後は楽しく恥かいても何をしても大らかなロータリー、みんなで和気あいあい楽しいロータリーが実現できると思います。