「新旧技術のバランスは誰がとる?」 ゲストスピーカー 倉田 純一 氏 (松山 三雄 会員 ご紹介)
2016年11月、東京デザインウィーク2016において、白熱電球を用いた照明器具が原因とみられる火災が発生し、木製展示物に閉じ込められた5歳の男児が焼死する痛ましい事故があった。その後、講義時間中に学生たちへの問いかけをしたところ、半数以上の学生が白熱電球を知らない、あるいは、触ったことがないという回答であった。開発当初のLED電球にみられた放熱板も、最近では外から見られないようなデザインになっているようである。その結果、「LED電球に対して、光は発するが熱は発生しないもの」という理解がさらに広がり、究極は、「照明器具に対して、光は発するが熱は発生しないもの」という理解が広がっていくのではないかと危惧する。照明器具としての旧技術である白熱電球への理解が、新技術であるLED電球への理解に置き換わってしまうことは、冒頭の事故の再発につながる危険性を孕んでいると思われる。
工学に関わっている人の中に、技術の進歩や新技術の創出などだけに興味を持つ人がいるようである。新技術や新デバイスはこれまでにない新商品を生み出し、生活様式まで大きく変える価値があるので、その魅力を否定することはないが、新技術や新デバイスが突然変異のように生まれてきたのではなく、これまでの旧技術の蓄積・改善によってもたらされたものであることを忘れてはいけないと考える。旧技術の格段の進歩が、これまでにない材料の開発、これまでにない表面処理、これまでにない機械加工などを生み、材料強度・加工精度・耐久性の飛躍的な改善がこれまでにない商品に繋がっている。
消費者は、商品の製造過程での技術変革を意識することなく、最終的に商品を消費するだけであり、商品に隠れた技術の恩恵については知る由もない。しかし、誰かがその隠れた技術の変革や改善の道筋を伝えなければ、出来上がった商品の伝承だけでは、その商品の製造をいつまで続けられるかままならない。学生の多くは、中小企業の技術力の高さを知らず、新商品を生み出す巨大企業や大企業だけが技術を有しているように思っている。「ものづくり大国ニッポン」を維持するため、旧技術がどれだけ洗練されてきたを知り、その結果、何ができるようになったかというような、旧技術に対する意識も高める必要がある。短絡的に「新商品=新技術」ではなく、「新商品=旧技術の蓄積」ということも意識できるような技術教育も必要であろう。
その技術教育を企業で行うのか、高等教育機関で行うのか、初等・中等教育機関、幼児教育機関で行うのか、あるいは家庭で行うのかを考えるとき、理科嫌いが多いという女性に対する理科教育が重要であると考える。子供たちと長く接する家族が、日常生活の中での技術教育、特に、旧技術に関する教育を担うことで、新旧技術に対する意識を同時に高める必要があると考える。新旧技術のバランスを保つ姿勢として、「読み、書き、そろばん、サイエンス」が大切であると考え、諸氏の技術に対する想いを周囲にお伝えいただきたいと願う。