「もう一度お伝えしたい 興教大師 『 覚鑁 』 様」 森本 良嗣 会員
何故もう一度お伝えしたかったかと申しますと、以前通ってましたお寺では大寒から2月3日節分を満願に寒の修行が行われていました。その折、お上人様のお経文を誦み、一年の目標を決めたり、身を浄めたりしていましたので、時期的にどうしてもこのお経文をお伝えしたくテーマに選びました。そして今回は前々から気になっていました「ロータリーの黄金律」の疑問点が覚鑁様の懺悔文を読み進めていくうちに雲が晴れたようにお腹に落ちたことをお話しいたします。
先ず、密厳院発露懺悔文(みつごんいんほつろさんげもん)は平安末期、真言宗中興の祖、興教大師覚鑁が腐敗した真言宗総本山金剛峯寺に深い憂いを持ち、金剛峯寺内の自所「密厳院」において3余年に及ぶ無言行を敢行、その直後、一筆のもとに書きあげたと言われる偈文です。この懺悔文の全文と解説文と覚鑁のあゆんだ年表は資料として配布致しましたので、ご参考にして下さい。
〈懺悔文の内容〉
私達が遥かな過去世より迷いの心で、数え切れないほどの罪を造り続けて来たことを懺悔しておられます。
貪瞋痴(どんじんち)の煩悩に流されて、六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)の修行を怠り、かえって三途(地獄・餓鬼・畜生)に輪廻するような業を作っていると指摘しています。
僧侶は形は袈裟を着け、お布施を受けても怠惰で、み仏が忌み嫌い菩薩が悩するようなことを恥も畏れもなく行い、尊い精舎を汚していると。又、悪友と遊び回り、無駄話し、悪口、嘘、善行積まず悪行をなして空しく年月を送っている。利益を得ようと自己宣伝し、徳のある者に嫉妬し、徳のない人を馬鹿にする。金持ちに憧れ貧乏人を嫌う。
故意、無意識に十善戒を破る。
十善戒とは10項目からなる善を行うための戒です。律ではないので、自発的なもの。
不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不綺語、不悪口、不両舌、不慳貪、不瞋恚、不邪見 です。
雑念やお経の読み間違えをしたり、善行をしても自分がしたと執着して輪廻の原因になってしまう。そして最後に覚鑁さんは、この 上記の量りしれない罪をみ仏の前にすべて告白し、あらゆる衆生の罪も皆に代わって懺悔しますから、どうか慈悲のみ心で、その罪を消除してくださいと、祈っておられます。
〈「ロータリーの黄金律」の疑問点〉
「最も良く奉仕するものは、最も多く報われる」について、仏教及び覚鑁さんは良い奉仕とは報いを求めないこと、と戒めておられるのに、ロータリーの黄金律は、報われることを願い奉仕するものなんだと、私は解釈し、この部分に疑問をもっていました。
〈四つのテストの中に黄金律と覚鑁さんに真意が入っている〉
10余年前の82才の方のロータリーの卓話がヒントになりました。
ロータリークラブとは「神様抜きのキリスト教の学習塾」と考えると理解しやすい。世界に広めるには、あまり宗教色が濃いと邪魔になるのでは。その結果、ロータリークラブは訳が分からなくなってしまう。気の抜けたビールみたい。そこで神様ありのキリスト教というX線で四つのテストを照らすとよく分かる、とありました。
〈四つのテスト〉
1番目、真実かどうか Is it the truth ? については、マタイの福音書に Is it the truth ? とあり、英訳ではゴールデンルールで、黄金律に従っていくかどうか?なんだそうです。イギリスでは更に解釈として「ジェントルマンシップ」とか「セールスマンシップ」とあらゆる面で助けようとする精神を発揮することを大事と解釈するそうです。これは報いが求められていません。
2番目の みんなに公平か Is it fair to all concerned ? についても、fair は美しい、ルールを守ることも美しいことであると考えられると。懺悔文の中に十善戒というものもありました。常に清浄であれと。
3番目の 好意と友情を深めるか Will it build good will and better friendship ? については、good will は善意でゴールデンルールのこと。friendship は聖書に20回出てくるそうです。懺悔文に「善友に随わずして痴人に親しみ、善根を勤めずして悪行を営む」と偈を説いておられます。
4番目、みんなのためになるかどうか Will it be beneficial to all concerned ? 「すべての関わりのある人々にゴールデンルール(benefit)によって、心の喜びを与えているかどうか」という疑問をなげかけておられる。
してみますと、「あらゆる衆生の罪も皆に代わって懺悔いたしますから、どうか慈悲のみ心で、その罪を消除してください」 の祈りと類似。懺悔文の究極の祈りであります、どこまでもいっても相手を思いやる。というと完全に合致しました。
やっとロータリーの黄金律 “最も多く報われる” という意味は、和訳のむずかしさと、キリスト教の深い教えのコラボレーションだと言うこと。ロータリーの黄金律は、私のような軽率な解釈でなく、皆さんはロータリーの奉仕を重ねられて行かれるほどに黄金律の有用と普遍性を益々実感していかれることと思います。
今年は当クラブ15周年の節目にあたります。ロータリー歴14年目の私も振り返る心と未来に向かう心をこの卓話をさせて頂いて、とてもスッキリ致しました。