私の趣味から、「囲碁のプロ棋士 井山裕太九段-6冠復帰、7冠へ」 福島 三雄 会員
前回のこのテーマでの卓話では、井山祐太(当時八段)の、名人獲得を報告と記憶している。その時は、「井山を初めて見たのは彼が6歳のときである。当時囲碁の番組は珍しく、読売テレビが「ミニ碁一番勝負」という番組を放映していた。この番組に6歳の井山が出場し、大の大人を相手に5人勝ち抜きをして、賞品の桂の5寸盤を獲得した。その後、小学校2年、3年と連続して小学生の全国大会で優勝した。その子が、20歳という最年少記録で名人位を獲得し、関西に初めて名人位を持ってきてくれた。」と、こんなことをお話しした。
その井山が、今度は、26歳で6冠を獲得し、いよいよ7冠に向けて、挑戦をする。実は、2013年に史上初となる6冠を達成したのであるが、その時は、7冠目のタイトルにあと一歩で届かず、しかも、昨年2つのタイトルを失って4冠になってしまった。
このまま7冠の夢は消えたのかと思っていたところ、今年になってから調子が上がってきて、獲得済の棋聖、本因坊、碁聖、名人の4タイトルを順次防衛し、さらに昨年失った王座、天元の2つのタイトルも、各五番勝負をストレート勝ちで勝利し、6冠に返り咲いたのである。
これから、7冠へは棋聖戦を防衛した後、十段位に挑戦して十段位を獲得する必要があるが、今回は十分可能性があるのではないかと思っている。
井山祐太6冠は、1989年5月、大阪府の生まれで、関西総本部の石井邦生九段に入門してプロ棋士となり、日本棋院の関西総本部に所属している。彼は、5歳の時に、父親の買ってくれた囲碁ゲーム機で遊んでいるうちにルールを覚え、次第に強くなり、ある程度打てるようになったときからはアマ六段の祖父と打つようになった。半年たった頃には5級位になっていた。それから半年して先の「ミニ碁一番勝負」に出演したのであるが、このときはアマ三段の力は十分あるといわれたことからみると、一月平均で1級・一段ずつ上がったことになる。
小学2年、3年のとき、少年少女全国大会に出場して連続優勝し、その後、プロへの道を進むため、日本棋院関西総本部の院生になる。入門後は、石井九段とインターネットで対局をし、指導を受けたという。
2002年、入段、2007年、棋聖戦と名人戦のリーグ入りを果たし、2008年に、名人戦挑戦(最年少記録)、2009年、名人獲得(最年少記録)と続いたのである。そして今日までに,7大タイトルの獲得回数は25期になり、歴代4位に位置する。また、最年少記録は、7大タイトルのグランドスラム、棋聖・名人・本因坊の大三冠達成、名人、本因坊,棋聖、十段、天元獲得、などを、いずれも21歳から23歳で達成しており、全部で17個にもなる。
今後も活躍が期待される、大阪出身の井山祐太6冠をこれからも応援したいと思っている。