「交通事故による 『高次脳機能障害』 2」 豊島 秀郎 会員
【高次脳機能障害】
1 交通事故においては、昨今の医療技術の発達により、従前では死亡してしまった事例でも命を救えることが多くなりました。このような医療技術の発達により、他方で、命は救えたが重い後遺症を残すという案件が増えています。
その1つに高次脳機能障害の問題があり、平成10年頃から大きな社会問題となっています。
2 高次脳機能とは、主に両側大脳半球領域の神経細胞の集団である皮質(灰白質)に存在する機能のことであり、人間が「より良く生きる」ための機能ともいわれます。人間としてより良く生きるためには、自らの精神状態を安定化させ、他者との人間関係を良好に保ち、社会(家庭)生活を円滑に営んでいくことが必要です。そのための機能をつかさどるのは、前頭葉・頭頂葉・側頭葉・後頭葉、或いは脳梁(左右の大脳を結ぶ)・大脳辺縁系(大脳と脳幹を結ぶ、海馬・扁桃核・帯状回)、基底核などです。
高次脳機能障害は、脳の部分的な損傷よりも、様々な機転(直撃損傷、対向性損傷=打った側と反対側の損傷、回転性損傷-びまん性軸索損傷)による脳全体の損傷(文献1(甲56の2)、246頁)によって生じる器質性精神(神経)障害と表現できます。
同障害は、大きく認知障害と行動・情緒障害及びコミュニケーション障害に分けられますが(その他、失語症等)、様々な症状があります。
3 私は、交通事故による高次脳機能障害の案件を3例扱っていますが、摂食障害まで起こし誰が見ても廃人としか見えない方、高次脳機能障害の症状は出ているものの、ご本人とお母様のご努力により、中学校の講師を勤めている方、専門学校、短大を卒業し、結婚もし(その後離婚)、知能指数にもさして問題がなく、一見普通に見えるが、社会的適応能力がないため、職にも就けず、主治医をして「彼の人生は終わっている」と言わしめた方の3例です。
このような高次脳機能障害に事例については、現在でも、裁判例の主流は、高次脳機能障害と認める要件として、①交通事故時の6時間以上の意識喪失、②脳萎縮の画像的所見、③現時点での高次脳機能障害の症状を要求しています。この結果、交通事故により、現在、高次脳機能障害の症状がでて、就労できないのに、何らの補償が得られないという悲惨な状況が続いています。
こうした中、札幌高裁平成18年5月6日判決が、①の交通事故時の6時間以上の意識喪失及び②の脳萎縮の画像的所見のいずれもなく、③の現時点での高次脳機能の症状がある事例につき、高次脳機能障害を認定しました。しかし、同判決には批判も多く、各地裁交通部は、従前の考え方を踏襲しています。その後、私の認識しているところでは、大阪高裁、東京高裁で、同種案件について高次脳機能障害を認定しましたが、いずれも後遺症の等級は低いものでした。
私は、平成23年、上記の専門学校、短大を卒業し、結婚もし、知能指数にもさして問題がなく、一見普通に見えても、社会的適応能力がないため職に就けない方(上記の①及び②の要件はなく、③の要件しかない。)の事例について、大阪地裁では全面敗訴したものの、大阪高裁で、高次脳機能障害による後遺障害等級7級を認定した和解(和解金額1億円)を勝ち得ることができました。